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鹿児島地方裁判所川内支部 昭和48年(ワ)39号 判決 1976年11月05日

原告 杉元貞文 ほか一名

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 石井康三郎 田上勉 浜田国治 ほか五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立<省略>

第二当事者の主張

一  原告ら

1  本件事故の発生

訴外亡杉元隆一(以下隆一という)は昭和四八年八月三一日川内市湯島町湯之浦川内川の浅瀬でしじみ貝を採取中深さ約五メートルの砂利採取跡の深みにはまり溺死した。

2  被告らの責任

本件事故の発生した場所は川内川下流で川幅は約五〇〇メートルであり、中央には満潮時の高さ約八〇センチメートルの中州がある。干潮時には右岸砂利州から右中州までは児童でも楽に歩いて渡ることができ、中州付近で子供たちはよく水遊びをしていた。

被告株式会社高明産業(以下被告会社という)は国から川内川における砂利採取の許可を得て本件事故発生現場付近で砂利を採取していたものであるが、砂利採取跡を埋め戻して平らにする義務があるのにこれを放置し、また採取跡に危険である旨の表示をすることを怠つていたため本件事故が発生したものである。

従つて被告会社は民法七一七条一項本文により土地の工作物の占有者として本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。すなわち同法にいう土地の工作物とは土地に接着して人工的作業を加えることによつて成立したものをいい、本件事故現場の河床の深みは被告会社の加えた人工的作業によつて成立したものであり、厳密な意味での土地の工作物とはいえないとしても土地の工作物に準じて考えるべきであつて、被告会社が前述の義務を怠つていたことは、工作物の設置保存にかしがあつたことに外ならない。

また川内川は一級河川であり、その管理者は被告国であるところ、同河川の管理にかしがあつたため本件事故が発生したものであるから被告国は国家賠償法二条一項により、これから生じた損害を賠償すべき責任がある。

3、4 <省略>

二  被告国

1  隆一が昭和四八年八月三一日川内市湯島町湯之浦川内川で死亡したこと、原告らが隆一の父母であること、川内川が一級河川であつて被告国が管理していること並びに被告国が被告会社に川内川下流における砂利採取の許可を与えていたことは認めるがその余の事実は否認する。

2  本件現場附近の川内川の右岸から中州への途中にはみおがあつて干潮時でも大人が水中を歩いて渡ることは困難である。まして事故発生時は大潮時でしかも干潮から約二時間一五分前の引潮時にあたり、水は下流に向つて相当の勢いをもつて流れており子供が渡河することは極めて危険であつた。さらに本件事故発生地点は砂利採取跡ではなく、そのやや上流である。結局本件事故は隆一が水遊びしながら中州へ渡ろうとしたが強い流水に押流されて溺死した単なる水死事故に過ぎない。

3  川内川の事故現場附近一帯は各所に砂利採取場が点在しており危険なため、川内市内の小中学校においては砂利採取業者からの要請もあつて毎夏水泳禁止区域として指定し、夏休の心得を配付して子供あるいは父兄の注意を喚起していたため、当時水泳ないし水遊びをする子供は殆ど見当らなかつたし、また本件事故現場附近では中越パルプ工場の廃液で汚染した貝は食べられないということもあり当時貝掘をする者も極めてまれであつた。

さらに被告国は砂利採取を許可するについては砂利採取に伴う危険防止について被告会社ら業者を十分指導して来た。これに従い、被告会社は砂利採取開始後現在に至るまで砂利採取現場附近一帯を危険区域として関係者以外の立入及び遊戯等を禁じ、その旨の立札も現場付近に約一五か所にわたり設置して部外者の侵入禁止を図つてきたものである。

4  仮に本件事故が被告会社の砂利採取跡で発生したとしても被告国の河川管理にかしはなかつた。すなわち国家賠償法二条でいう営造物のかしとは営造物が通常有すべき安全性を欠くことであるが、河川についてその安全性を考える場合、人為的に安全な物として設けられた通常の営造物と異なり、河川は自然に生成したもので、その河床あるいは河岸は極めて不整形の部分が多く、大きな出水によつて絶えず変形しているもので自然に存在する状態で危険なものであることが考慮されなければならない。河川から生ずるあらゆる危険を排除する管理は不可能であつて、河川管理の限度は河川管理の目的に求められなければならない。そして河川管理の目的は河川本来の機能を維持すること換言すれば河川について洪水高潮による災害の発生を防止し、河川を適正に利用させ、流水の正常な機能を維持することにある。河川での水泳や貝掘などでは通常自由になし得るが、これに伴う危険を自ら負担してするものというべく、河川の管理者は水泳や貝掘などを安全になさしめるためにこれを管理しているものではない。その意味において河川に不整形の河床、河岸が存することは、それが前記河川管理の目的から見て支障を生ずるようなものでない限り、それがたとえ自由使用者にとつて危険なものであつたとしても河川の通常有すべき安全性を欠いたということにならない。さらにまた右のような不整形の河床、河岸が自然に存する場合であると、人為的に生じた場合であると前記河川管理の目的から考えると本質的な差異はないというべきである。

要するに河川管理者としては、水泳場を設置した場合のように公衆の利用に提供する目的で管理するような特段の事情が存する場合を除き、一般的直接的に自由使用者に対する関係で河川管理責任を負うものでない。しかも本件事故現場は前述のように遊泳等禁止の措置がとられ、貝掘や水泳等の自由使用が通常予想されない場所であるにかかわらず、一帯に危険標識を立てて危険防止の措置をとつているのであるから河川管理にかしがあつたとは言えない。

ちなみに被告国が業者に砂利採取を許可する条件の一つに砂利採取跡地の整地ということがあるが、その目的は乱流による河岸の堤防等の決壊を予防することにあり、貝掘等の自由使用者に対する危険防止を直接の目的としているものではない。

5  仮に被告国になんらかの責任があるとしても、当時一三歳の中学生であつた隆一において本件河川が危険で水泳禁止区域であることを十分承知しながら、あえて川を横切る暴挙をおかしたことは、隆一にも重大な過失があり、加えて母親である原告洋子がつき添つて、水泳禁示区域で貝掘、水遊びをさせる以上、右のような危険な行動に出ることにつき十分監視し、制止しなければならないのにこれをしなかつたことは親権者として子の監督を著しく怠つた過失があり、これらの事情は過失相殺として損害賠償額の算出についてしんしやくされるべきである。

三  被告会社

1  原告らと隆一の身分関係及び隆一の死亡の事実は知らない。被告会社が被告国の許可を受けて原告ら主張の本件事故現場附近で砂利採取をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  被告国の主張2項及び3項を被告会社の主張として援用する。

3  被告会社は本件事故発生現場附近で砂利採取の許可申請をし、その許可を受けて昭和四七年七月一七日から同年一〇月一六日まで砂利採取をし、同月二六日建設局川内川工事事務所長に報告をし、同年一一月一七日検査を受け終えて現場を返還したので本件事故発生時被告会社は右砂利採取場所を占有しておらずこれを管理する権利も義務もなかつた。

4  仮にそうでないとしても、土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えたものをいうのであるから本件事故発生現場の川内川の河床そのものを土地の工作物とするのは法的通念に反する。また仮に土地の工作物としても川内川の如き自然河川の川底は流水量の増減潮汐の干満等により常に変動するもので砂利採取跡地も自然に復旧するものであり、採取終了後の埋め戻しも河川管理上必要な限度においてこれをなせば足り必ずしも原状に復することを要するものでないので工作物の設置保存にかしはない。

理由

一  原告らの被告国に対する請求について

原告らの子の隆一が昭和四八年八月三一日川内市湯島町湯之浦の川内川下流で水死したこと、並びに被告国が本件事故現場附近で被告会社に砂利採取の許可を与え、被告会社が砂利採取をしたことは原告らと被告国との間で争いがない。

原告らは隆一は右被告会社の砂利採取跡の深みに落込んで溺死したものであり、川内川の管理者たる被告国には深みをすぐ埋め戻しするとか、採取跡に危険防止のために標識を立てるべき管理責任があるのに、これを怠つたため本件事故が発生したものであり、従つて被告国は国家賠償法二条一項により損害賠償の義務がある旨主張する。

しかしながら、<証拠省略>を総合すれば、本件事故現場附近をはじめ川内川下流の各処で砂利採取業者が砂利の採取をするようになつて水泳などは危険になつたため建設省の指導もあり、各業者あるいはその組合などから毎年近辺の小中学高校長あてに水泳禁止の措置を求める要望書が送られ、これらの各学校でも特に本件事故現場附近を指示したものではないが一般に泳ぎはプールや海水浴場を利用し、川などで水遊びをしないよう学童生徒達に注意をしていたこと、本件事故現場附近では当時水泳ないしは水遊びをする者は殆ど見られなかつたこと、その上本件事故現場附近の貝は中越パルプ工場の廃液で汚染されており食べられないという風評が出て貝掘に来る人も極めてまれであつたこと、一方被告会社が砂利採取の許可を受けるについて掘削に伴う危険を防止するために必要な措置をとることも一つの条件になつていることから、被告会社では現場附近堤防や堤防下の砂州上一帯に危険、あるいは立入禁止等の標識を立てて関係者以外の出入りを禁じて危険防止に努めていたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事情から判断すると、原告ら主張の措置をとらなかつたことが直ちに河川管理のかしに当るとは解し難い。すなわち砂利採取跡の埋め戻しの方法程度は河川管理の目的(河川法一条)に従つて採取跡の乱流による堤防の決壊防止などの見地からなされれば足り、本件事故現場附近は当時水泳や水遊びをする者は殆どいなかつたのであるから、水泳者等のあることまで予測してその危険防止のため十分に埋め戻しがなされなかつたとしても河川管理にかしがあつたとは言えない。もちろん、そのように言つても砂利採取跡は水泳等をする者にとつては危険であるからその注意を喚起する必要はあり、この点につき管理義務を考える余地はあるが、前認定のように砂利採取業者を通じて児童生徒に水泳禁止の指導が図られ、また現場附近の堤防等に立入禁止等の標識を立てて一般の立入を防ぐ措置がとられているので右の点に関する管理義務は尽くされているものと考えられる。原告らは川の中の砂利採取跡そのものに危険表示をすべきであると主張するが、川に入ること自体を危険としているものであるから川の中の特に区画した部分をさらに危険な個所として表示する必要はないと考えられるので右原告ら主張の点で河川管理のかしがあつたとは言い難い。

そうするとその余の争点について判断するまでもなく被告国に対する原告らの請求は失当である。

二  原告らの被告会社に対する請求について

<証拠省略>によれば隆一が昭和四八年八月三一日川内市湯島町湯之浦の川内川下流で水遊びをするうち深みに落ちて水死したことが認められこれに反する証拠はない。被告会社が右現場附近で被告国の許可を受けて砂利採取をしていたことは原告らと被告会社との間で争いがない。

原告らは隆一は右被告会社の砂利採取跡の深みに落込んで溺死したものであるから被告会社はかしのある工作物の占有者として本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があると主張する。しかしながら隆一が落込んだ深みを被告会社が占有していた事実はこれを認めるに足る証拠はない。かえつて<証拠省略>を総合すれば、本件事故当時被告会社は原告らが貝掘をしていた場所から二〇〇米以上下流に離れた地点から下流に向つて砂利採取をしており、隆一の落込んだ深みがどこであつたかは確定し難いが、原告らが貝掘をしていた場所及び隆一の遺体が発見された場所から考えて少なくとも右事故当時被告会社が砂利採取をしていた場所とは考えられないこと、砂利採取の許可は採取期間、採取場所、採取量を限定して与えられ、許可条件の一つとしてその厳守が命じられていたこと、許可を受けた場所での砂利採取が完了するとその報告をし、採取跡について検査を受けて採取現場の占有は返還されること、前記事故当時被告会社が砂利採取をしていた場所よりも上流(最も上流で原告らが貝掘をしていた附近)の各処でも被告会社は砂利採取をしていたことはあるが、いずれも採取を終え右のような手続をふんで被告国に占有を返還していることが認められこれに反する証拠はない。結局本件事故当時被告会社が砂利採取をしていた場所は隆一が落ち込んだ場所ではなく、右砂利採取場所以外の場所については被告会社はこれを占有していなかつたこととなるので、その余の争点について判断するまでもなく原告らの被告会社に対する請求は認められない。

三  以上の次第で原告らの請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木純雄)

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